平成元年 上市町広野3132番地に本社工場を移転新築。
平成2年  工場を増設。
平成5年  STAR運動を展開し改善活動を推進。
平成6年  パルサーリング加工開始。(合資会社日下歯車製作所向け)
        2スピンドルCNC旋盤増設。(超肉薄レース品の加工レイアウト変更)
平成7年  不二越TPM活動開始。
平成9年  工場増設。(762.6u)

飛躍の瞬間−D

平 成 元 年

上市町広野に本社工場を移転新築


緑豊かな地で
新たな一歩を踏み出す


新社屋竣工記念祝賀会の会場で、社員一同記念撮影[平成元年]


 昭和59年、北陸で初めてローダー付2軸NC旋盤を導入し、主力製品だったホイールベアリングの増産体制を整えた内山精工は、さらなる受注の増大に対処するため、上市町広野に工場を移転することにした。内山精工が新天地で一歩を踏み出そうとしたその年、時代は折から昭和から平成へと移った。
 新しい工場は、緑豊かな地に建設された。建物面積は1320平方メートル、敷地面積は7920平方メートル。これまでの3倍もの広々とした敷地周辺にはスギ木立が包み込むようにして連なり、社員が伸び伸びと働くことのできる環境が整えられた。
 内山が、「若さと成長と調和の企業」を目標に掲げたのは、このころである。それは、工場移転以来、毎日のように周囲の自然を眺めていた内山の胸に浮かんだ、ある思いがきっかけだった。目の前のスギの大木も、かつてはか弱い小さな芽に過ぎなかったはずだ。その芽がやがて幼木になり、厳しい自然にさらされながらも、環境に順応して成木になっていく。内山精工も、このスギと同様、どんな不況や状況の変化にも揺らぐことなく、成長し続ける企業でありたい。そんな願いを込めての新たな目標の宣言であった。
 そのために、「よく観察し、考え、すぐに行動し、互いに元気づけよう」のスローガンを基本とする「STAR運動」を展開し、社員一人ひとりに間断ない自己改革を促すなど、ソフト面の充実に力を入れた。
 もちろんハード面の改善も積極的に推進した。移転当初、1ラインだったホイールベアリングの製造ラインを、平成3年には5ラインにまで増設したのもその一つで、そこには「昨日より今日、今日より明日」と、わずかずつでもその幹をたくましくし、確実に年輪を刻んでいく樹木を理想とする内山精工の姿が映し出されてた。


新社屋建設予定地に社員が集合


竣工式で玉ぐしを捧げる田中精密工業の田中儀一郎社長(左)

     
祝賀会場であいさつする内山精一
お祝いの言葉を述べる田中社長

 

平成元年に完成した現在の社屋


竣工記念祝賀会に駆けつけた
清水美晴上市町長(真ん中)
祝賀会の出席者と杯をかわす精一(真ん中)。
左は不二越の上勢晴夫軸受製造所次長

不二越から品質優良企業として表彰を受ける
[平成2年]
不二越TPM賞第2類を受賞。富山第一ホテルにて
授賞式[平成9年11月]



不二越TPM賞第2類受賞記念の盾

平成元年 富山の動き

4月 高岡法科大学開学。高岡市政100周年記念式典を挙行
5月 県と市の各自治体、毎月第2・第4土曜日の閉庁を実施
6月 富山市政100周年記念式典を挙行
7月 日本の都市公園百選に県内から高岡古城公園、
   県民公園太閤山ランドが選定
9月 国体で八尾高校女子漕艇部、史上初の8連覇を達成


平成元年 日本と世界の動き

1月 昭和天皇崩御、新元号は平成に決定。アメリカで
    ブッシュ政権誕生
2月 吉野ヶ里遺跡が最大級環濠集落と判明
4月 消費税導入
6月 宇野内閣が成立。歌手の美空ひばり逝去。中国で
    天安門事件発生。イランでホメイニ氏逝去。
7月 参院選で与野党逆転